東日本大震災復興財源案




震災復興の財源が議論になっているが、「企業の貯蓄(内部留保)」を震災復興事業に投資することはできないだろうか? 経団連会長でもいいが、ズバリ、トヨタ豊田章男社長が音頭をとって個々の企業に働きかけ、実現させることはできないだろうか?



● 日本は経常収支黒字を減らせ


アメリカが経常収支の赤字を減らすということは、その裏面として、経常収支黒字国はその黒字を減らさなければならないということになります。例えば、日本がそうです。経常収支黒字国がその黒字を減らすべく、内需を拡大しなければならないというのは、リーマン・ショックのような世界的金融危機が起きてしまった以上、アメリカのみならず、世界経済の再建のためにも必要なのです。


ところが、日本では「今でこそ経常収支が黒字で、貯蓄超過かもしれない。しかし、少子高齢化が進んでいるために、貯蓄率が低下しつつある。将来、これがもっと進めば、貯蓄は減少し、経常収支は赤字化する」と主張し、内需の拡大に否定的な論者がいます。


では、少子高齢化によって日本の貯蓄が減少しているのかどうか、データで確認してみましょう。



  



図5を見ると、2001年から2007年にかけて、確かに家計部門の貯蓄は急激に減少しています。しかし、これは少子高齢化よりはむしろ、超低金利政策による影響が大きいのではないでしょうか。金利が低ければ、銀行に預金する魅力が低下するので、家計部門の貯蓄率は当然低下します。近年の家計部門の貯蓄率の低下を少子高齢化だけのせいにする説明には、無理があります。


より重要なことは、確かに家計部門の貯蓄は減少し、政府の貯蓄も減少していますが、企業部門の貯蓄(すなわち内部留保)はむしろ増加しており、結果として、経常収支黒字・貯蓄超過は拡大しているということです。


企業部門の貯蓄が大きく増えているのは、デフレで資金需要が乏しい中で、金融緩和により資金が過剰に供給されているからです。デフレのせいで、資金は企業に潤沢に供給されているが、使い道がないという状態にあるので、企業は仕方なく資金をため込んでいるということです。言いかえれば、日本では、デフレ不況による資金需要の不足で、企業が貯蓄を増やしているがために、貯蓄過剰・投資不足になり、それで経常収支が黒字化し、結果として、グローバル・インバランスの構造に一役かっているということです。(※この記述は「グローバル・インバランス」というのは悪いことで、悪い意味で一役かってしまっているということ。)


中野剛志『TPP亡国論』pp.117-119.

中野氏の説明のように、「デフレのせいで企業は仕方なく資金をため込んでいる」とも言えるが、「企業が資金をため込んでいることがデフレを深刻化させている」とも言えないだろうか?



ここ数日、経済関係の本を数冊読んだ。1つの現象に対して様々な説明が可能であり、一筋縄にはいかない難しい問題であると実感した。例えば、資源ナショナリズムの台頭や先物取引市場の誕生で、資源価格が高騰したため、企業はどれだけ合理化を押し進めても利益を上げられない。だから人件費を上げられないとの説明があった(※1)。なるほど、これは事実だろう。しかし、なぜ「企業部門の貯蓄が大きく増えている」のか? 資金があるならば、株価にそれほど神経を使う必要はなく、余剰分をうまく人件費に回すこともできるのではないか?



これは、要するに企業が安全を見過ぎているということではないのか? デフレ不況が大問題となっている時に、「国」と「個人」はお金を持っていないので仕方ないとしても、お金を持っているのに使わない「企業」というのは、一番罪が重いのではないか? 「企業の貯蓄(内部留保)を震災復興事業に投資することはできないだろうか?」という私の持論と同じようなことを考えている人はいないかと思ってグーグルで検索したら、野党の志位氏が引っ掛かった。経営者に対する敵対心という心情もあるだろうが、これは一国の経済財政政策として考えても正論だと思う。



TPPに日本が参加した場合の結末は確定しているようだ。アメリカの「穀物メジャー」が日本に乗り込んできて、日本の農業を破壊して占拠する。そしてアメリカは、日本が食料をアメリカに依存せざるを得ない状態にした上で、価格をつり上げて、日本の富を自由に吸いとっていく。



アメリカの経済が厳しい状況なのは分かるが、そのような形でアメリカを支援する必要はない。支援するとすれば、その前にやはりその根性をたたき直した方がいいんじゃないか。「富をどこから持ってきたらいいかを考えるのではなく、自ら手足を動かして働きなさい!」と。



それこそ、小泉純一郎竹中平蔵がタッグを組んでウォール街をぶっ壊す!」といって乗り込んでいけばいい。



そんなことはどうでもよい。それよりも、財源の捻出が緊急の課題となっている被災地の復興については、国だけでなくトヨタを始めとする優良企業の協力が必須だろう。ただこれは企業にとってもただただ負担が募る話でもない。メリットもちゃんとある。



今回の被災地への投資は、アメリカがかつて第二次大戦後、戦争で荒廃した欧州諸国を救うために行ったマーシャル・プラン(欧州復興計画)で、自国の農産物や工業製品の購入に使うことでアメリカの国力向上にも貢献したことと同様に考えることができる(※2)。今回は、車や船、家、家電を津波に全部持っていかれたので必ず需要があり、被災地が復興することで投資する企業の力の向上にもなる。



また、それだけではない。トヨタという企業を考えた場合、車を売る企業だとも言えるが、一番の強みはその「生産システム」にある。そう考えれば、トヨタが売るべきものは、なにも車に限ったことではない。それは街づくりにも活用できるはずである。



そもそも「トヨタ生産システム」というのは「フォード生産システム」のオルタナティブシステムとして構築された。「フォード生産システム」が《量》を追求するシステムだとすれば、「トヨタ生産システム」は《質》を追求するシステムである。そう考えれば、《量》を前提とする現行の資本主義システムとはそもそも相性が悪い。だから「トヨタ生産システム」をグローバルスタンダードにするためには、資本主義システム自体のルールを変えねばならない。つまりGDPなど《量》の指標化を軸とする現行の資本主義システムではなく、《質》の指標化を軸とする資本主義システムを新たに構築せねばならない。しかし、それにはもう少し時間がかかる。



そこで現行の《量》を求められる車の販売ではなく、例えば街づくりや行政サービス。それも《量》を強みとした都市部ではなく、《質》が問われる地方。まさに今回の被災地。「トヨタ生産システム」のノウハウを活用することにより、震災前の街よりもパフォーマンスの高い新たな街を築けるか? パフォーマンスの高い新たな東北をつくれるか? チャレンジしてみる価値はあるのではないか。もし、そのノウハウによって東北を道州制にしても自律できるレベルまで持っていくという実績を築けば、今後「車」をムダに増産しなくてもトヨタという企業を存続させることができるかもしれない。



これは単なる思いつきで、実際にどのようにすれば実現できるかはなんとも言えない。また、もちろん被災者の方々とのディスカッションも必要だ。



だが、とにかく思いついてしまったので、参考までに記しておく。





(※1)水野和夫・萱野稔人『超マクロ展望 世界経済の真実』(集英社新書)の第一章「先進国の超えられない壁」などを参照した。


(※2)『日本の論点2011』文藝春秋編 p.85. 「マーシャル・プラン」の脚注を参照した。