保坂和志と夏目漱石











なんでもかんでも有名どころを読めばよいというものではありません。漱石読んで、鴎外読んで、太宰読んで、川端読んでなんてやっておりますと、いよいよ頭がおかしくなってまいります。ここは狙い撃ちといきましょう。

「よくいるやん。酔っぱらって気を抜いてたら電車に乗るときゴツンって頭ぶつける人。あれ気の毒やと思うわ。何がユニバーサルデザインやねんって。世界中にはジャイアント馬場より大きい人なんていくらでもおるねんで」


柴崎友香の小説を読んでいると、こんなセンテンスが頭に浮かび上がってきて、まとまって形になりました。なんでもそうなるとは申しません。自分にフィットする何かがあればのことです。


柴崎の小説は大阪が舞台で、学生や社会人になりたての人物が有りのままの姿で描かれているので、関西人で年頃の私の脳髄を刺激するのでしょう。とは言っても私の経験にピタリと当てはまる訳ではございません。私は学生生活を東京で過ごしましたし、関西に居たときももっぱら神戸におりました。大阪と言えば阪急梅田までで、それ以遠は未知の世界、感覚的には東京やニューヨークとさほど変わりません。


が、そんな大阪を舞台にしていても、私の気付かない無意識の次元で通底する、私自身が知らず知らずのうちに体得している何かを刺激するのでしょう。


そんな柴崎は私のお気に入りなので読んでおりましたが、如何せんまだまだ若手でございます。作品数が少のうございまして、だいたい読み終えてしまいました。飢え死に、、、


なんてことはございません。飽食の時代、かわりはいくらでもおります。

ターナーが或る晩餐の席で、皿に盛るサラドを見詰めながら、涼しい色だ、これがわしの用いる色だと傍の人に話したと云う逸事をある書物で読んだ事があるが、この海老と蕨の色を一寸ターナーに見せてやりたい。一体西洋の食物で色のいいものは一つもない。あれはサラドと赤大根位のものだ。滋養の点から云ったらどうか知らんが、画家から見ると頗る発達せん料理である。そこへ行くと日本の献立は、吸物でも、口取でも、刺身でも物奇麗に出来る。(※1)


風情がありますね。ターナーなんて言ってみましても嫌みがございません。特に深い意味がある箇所ではありませんが、こういう文章に出会うたびにニヤリとしてしまうものです。
夏目漱石大先生の文章です。

「アッ、アッ、アーッ、
 アッ、アッ、頭に陽があたるッ、
 アッ、アッ、アーッ、
 アッ、アッ、熱い、
 熱いゾ、熱いゾ、焼けそうダッ、
 アッ、アッ、アーッ、
 アッ、アッ、熱くて、
 バカになるーッ、
 ノッ、ノッ、ノーッ、
 脳ミソ、パカパカ、
 焼けちまうーッ」(※2)


うざいキャラですね。村上春樹先生の作品には絶対に出てきませんね。でも私の友達にもこういう奴が確かにいます。名前は出しませんが。。。
ちなみに、これは保坂和志の文章です。


適当に読むのはだいたいこのあたりなのです。適当と言ったら言葉が悪いかもしれませんが、朝食のパンみたいなものです。角食か、イギリスパンか、5枚切りか、時に厚切4枚切りにするか、バターか、ジャムか、別にこだわりはありませんが、毎日食べるアレです。


漱石読んで捨てて、保坂読んで捨てて、たまに車谷長吉なんてのも挟みますがこれは趣向が異なります。おいおい説明致します。(※3) ですからやっぱり基本的に「漱石−保坂」なのです。こうやっておりますと両者の問題意識が近く、漱石が小説を使って解こうとした問題を保坂氏が受け継いでいるようにも思えてくるのですが、これが面白いのです。私は一度、保坂氏に聞いたことがあるのです。

「僕が学生の頃は、今の学生みたいに真面目じゃないから漱石なんて読まなかったよ。せいぜい筒井康隆ぐらいじゃないかな。最近だって日本文学には興味がなくて、外国文学、ガルシア=マルケスとかの方が重要だと思って、そっちを読んでいるよ」


なんてことを仰ってました。表情もチェックしておりましたが、ウソではなさそうです。ふ〜ん、不思議ですね。


さてさて、無駄口はもうよろしかろう。
読むはよいよい書くはこわい


そろそろ、本腰を入れてお書きなさいませ!



(初出 2005年10月28日)


※ photo by montrez moi les photos
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※1 夏目漱石草枕』より引用

※2 保坂和志『プレーンソング』より引用

※3 車谷長吉  昭和47年3月「なんまんだあ絵」でデビュー。広告代理店、出版社勤務ののち、無一物となり、料理屋の下働きなどとして9年間関西各地を転々とする。昭和58年、再び上京。『塩壺の匙』で三島由紀夫賞芸術選奨文部大臣新人賞を、『漂流物』で平林たい子文学賞を、『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞、『武蔵丸』で川端康成文学賞を受賞。
「広告代理店、出版社勤務ののち、無一物となり、料理屋の下働きなどとして9年間関西各地を転々とする。」の部分が拙者の今後を暗示している。(否)


プレーンソング (中公文庫)

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草枕 (新潮文庫)

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女塚―車谷長吉初期作品輯

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