《写真展》LAND SITE MOMENT ELEMENT・坂本政十賜



先程開催された「《写真展》LAND SITE MOMENT ELEMENT」の一環として行われた《DIVISION-1 ギャラリートーク》の前半部、私(阪根)の作品解説のみですが公開します。





  はじめに.



私(阪根)はふだん書店で働いています。写真が専門という訳ではなく、写真に精通している訳でもありません。ただ、もともと建築を専門にやっていたこともあり、建築を始め、絵画、小説、演劇、あるいはスポーツ(野球)と幅広く見て、それを批評であったり、感想であったりしますが活字にするということをずっと続けています。こういった経験で培った私の眼が、もしかしたら、写真家の方々に刺激を与えられるかもしれませんし、一般の方にも写真の魅力を伝えられるかもしれません。


他方で、「鑑賞者にはその人が思うままにみてもらいたい」と坂本政十賜さん自身がおっしゃっているように色んな見方があっていいと思います。ただ、これはギャラリートークの際も議論になったのですが、「だったら何でもありなのか? 作家は何も説明しなくていいのか?」という問題も同時におこります。


私自身は、作品の全てを言葉で説明できるとは思いませんが、説明できることはきっちりと説明した方がよいと思います。自分で言うのもなんですが私の説明もそれなりにしっかりしているので、その役目を十分に果たしていると自負しております。


以上を踏まえて繰り返しますが、私の解説が全てではありません。また絶対に正しい訳でもありません。あくまでも参考として読んで頂ければ幸いです。






 作品編



まずはこちらをゆっくりご覧下さい。



 坂本政十賜『LAND SITE MOMENT ELEMENT展』展示作品





  《UNDER THE SUN》





 解説編



それでは解説を始めます。全体をざっと見てみましょう。まずこちらの3枚を見てください。




 fig.1



 fig.2



 fig.3


どうですか? 何か感じますか? 「ああ綺麗だな〜」、「美しい!」って思いますか? ま、そこまで強い感情が湧き起こってこなくても、なにかとっかかりみたいなものはつかめませんか? 《路面》が気になりませんか? ほとんど画面の半分を占めてますよね。おそらく、これは坂本さんは意識的にやっているんだと思います。あとで聞いてみようと思いますけど、とりあえずこのあたりで次に行きましょう。




 fig.4


これはどうですか? 『日本カメラ』(09年5月号)にも掲載された写真です。ま、新橋と書いてあるので新橋とは分かりますね。そして、やっぱり、この小太りのにいさんですかね(笑)。気になりますね。写真ですからやはり撮られている《物》や《人》っていうのは重要ですね。


次の写真見てください。




 fig.5


これも《人》が気になりますね。次見てみましょう。




 fig.6


ま、これも《人》が気になりますが、この3枚見てください。




 fig.6



 fig.7



 fig.8


この3枚に共通しているのが、《路地》というか《道》ですよね。初めの3枚が《路面》でしたがこの3枚は《道》ですね。都市、東京の風景のなかで《路面》そして《道》というのは坂本さんにとって外せないポイントなのかなと思います。


次行きましょう。




 fig.9


これはサービスショットですかね(笑)。キーワードで言えば《人》ですね。この写真でどこが気になります? 中央の姉ちゃんですよね。こんなワンレンボディコンの姉ちゃんもういないですよね(笑)。別に鑑賞者に向かって80年代へのノスタルジーをかき立てようとした訳ではないと思うので《人》というぐらいのくくりでいいかと思います。


この写真でもう1点指摘しておきたいのが《動き》です。この3人が同じ点を目指して動こうとしているでしょ。これがこの写真が鑑賞者を惹きつけるもう一つのポイントだと思います。


次。




 fig.10


これもどこを観るかと言えば、工事の業者さんですかね。なんでもない光景ですけど《人》というキーワードで引っ掛かってきます。「fig.9」の写真の3人の流れでみれば、ちょっと見え方も変わってくるかもしれまん。


次、交差点を撮った作品。




 fig.11


これもキーワードで言えば《路面》ですかね。あともう1点指摘しておきたいのは、車がちょうど右折しようとしているところですが、写真には映っていない車の気配が感じられますね。これはさっきあった踏切の写真も同じです。




 fig.5


電車は映っていませんが、電車がくるという気配がするんですね。写真というのは映っているものだけが全てではないんです。うまく撮れば、「映ってないものも鑑賞者に伝えることができる」のです。これも坂本作品の特徴としてあげておきましょう。


そして次。




 fig.12


これは「今回1番の問題作」だと思うのであとでじっくり解説しますが、まずはざっと見てください。この写真で何か感じることありますか?


どうですかね、今までのキーワードで言えば、やはり《人》ですかね。僕は初め学生さんだと思ったのですが、どうやらバスの運転手らしい。彼らが歓談しているほのぼのとした感じが伝わってきますね。天気もいいし。


あとポイントは「東京国際フォーラム」です。これ誰でも分かりますよね。で、考えて欲しいのですが、皆さんがカメラをもって東京国際フォーラムを視野に捉えたらどうしますか? どうやって撮りますか? 坂本さんはこのカットを撮りましたけど、皆さんはこのカットを撮りますか? ちょっと自分だったらどう撮るかを考えていてください。


あと2枚ですね。次、観てみましょう。




 fig.13


これは分かりやすいですね。「ビル」の垂直線と「路面」の水平線の対比ですね。しかも横断歩道ですから水平方向がくっきり認識できますね。ここまで観てきて気付いた方もいると思いますが、坂本さんが撮っている場所は大きく分けて、新橋、八重洲あたりと渋谷、代々木あたりに分かれます。この対比が《建物》によって出てきますね。《建物》というのもキーワードとして上げておきましょう。


次。




 fig.14


最後にこれ。この新幹線がいい感じですね。あとこれも国際フォーラムの写真(fig.12)と関連する写真なのであとで改めて触れたいと思います。





ざっとこんな感じでしょうか。ここまでで気付くのは、坂本さんは今回《東京の風景》をテーマに撮っていますが、いかにも新橋、いかにも渋谷といったシーンを狙ってはいないということです。なんとなく、新橋かな? なんとなく渋谷かな? と後から分かりますけど、あからさまな撮り方はしていない。そこがミソだと思います。


それでキーワードを上げましたけど、まず《路面》ですね。つぎに《人》。そして《道》これは《路面》に含めていいかと思います。あと《建物》ですね。この3つじゃないでしょうか。逆に言えば、坂本さんの作品には、要素と言えるものがこの3つしかないんですよ。坂本さんは、「ニュートラル」に風景をとらえていきます。よく耳にする言い方で「フラット」と言っても構いません。


新橋の飲み屋街に行って、サラリーマンがジョッキ片手に「乾杯!」ってやってるこの瞬間!とか渋谷のセンター街に行っていかにもという女子高生を狙って、コレ!とか、そういう見方を全くしていないんです。ものすごく「ニュートラル」な見方です。しかし、やはり素人の写真とは決定的に違います。ものすごく「ニュートラル」な見方をしているにも拘わらず、ものすごいことをやってしまっています。説明しましょう。


一番の問題作について説明しましょう。




 fig.12


この写真を見たときにまずどこを見るかと言えば、この歓談している《二人の運転手》だと思います。この人たちがいなければ、ちょっとどこを観ていいのか迷ってしまいますが、とりあえずこの二人を観ることによって視線が安定します。


そして、かなり複雑な構成をとっているのですが、この写真でも《路面》が画面の多くを占めています。この路面がベースになるのです。画面の全体構成としても土台がしっかりしているので安定します。


そして次なのですが、この《バス》ですね。均等にとはなっていませんが、並列されていることによって奥行きがうまく表現されています。バスがなかったら奥行きが感じられず、かなりのっぺりした絵になってしまいます。そしてこのバスと同じ効果として、《折畳式のゲート》が手前と中ほどにありますね。これが対になっている。呼応している訳です。ここでも奥行きを表現しています。この《矢印》なんかもベースの道路のなかに奥行きを出しています。


そして《中央の並木》なのですが、これは手前の風景と奥の風景を分けているのです。というのは手前だけでもまず風景は完結しています。十分空間として把握できる。それにプラスして遠方の《高層ビル群》を取り込むという2段構えの構成を取っているのです。


そして、注目すべきは「国際フォーラム」の撮り方。この建物は、この吹き抜けの恐竜か、鯨の骨みたいな骨格が美しいのでついついそこを撮りたくなってしまう。けれども坂本さんはこのように大胆にバッサリカットしてしまっています。この狙いは東京国際フォーラムをあくまでも「高層ビルの1つ」として扱うということです。高層ビル1つ1つのテキスチャーは異なりますが、プレキャストのパネルをパズルみたいにはめ込んでいくという作り方は同じなので、パネルの格子、パターンはどの建物にも共通して見られますね。だからうしろのビルも東京国際フォーラムも格子のパターンを持ったビルの一群として見ることだできるのです。東京国際フォーラムというランドマーク、固有名に引っ張られないうまい撮り方だと思います。


それでこれはちょっとこじつけの説明なのですが、この写真を改めて説明すると、まず《並木》の手前だけでも十分に空間が表現されている。「ベース」があって「奥行き」があって、「視線がとまるポイント」があってというように。そして《並木》で手前と奥を区別しつつ、遠方に広がる高層ビル群の風景が手前の風景に響いてくるように取り込まれていく。そして1枚の絵、写真が立ち上がってくるという、ものすごく巧みな構成、構図をこの作品は達成しているのです。


今日は手持ちの資料は極力持ってこないつもりだったのですが、これだけは言っておきたいと思ったので持ってきました。




 fig.15 龍安寺


坂本さんのこの巧みな写真の撮り方というのは、日本庭園の作り方に通じます。皆さんもご存知の方が多いと思いますので、龍安寺を例にとって説明します。まず「広縁」、これが「ベース」です。坂本さんの写真で言えば「路面」です。この「深い庇」は写真でいえば「フレームミング」。そして、「石」を巧みに並べて「視線のポイント」を作ったり、「変化」をつけたり、「奥行き」を出したりする訳ですが、これがちょうど坂本さんの写真でいう「運転手」だったり、「バス」だったり、「折畳式のゲート」だったりする訳です。


そして奥の「油土塀」ですね。これで手前の世界が一応完結していることを示しつつ、奥の木々を《借景》として取り込むわけです。坂本さんの写真で言えば「並木」であり、《借景》は「奥の高層ビル群」な訳です。


で、この石は見る角度によって全然違ったように見えるという訳ですが、こちらの写真を見てください。




 fig.14


ほら、ちょっと角度を変えただけなのに、こんなに違って見えるんです。なんと新幹線まで走っていて「おお!」って感じですね。


この龍安寺の例で何が言いたいかというと、もう一つ資料をもってきたので見てください。




 fig.16 龍安寺実測図(断面図)


これは西澤文隆さんという少し前の世代のもう亡くなった建築家ですけれども、いわゆるモダニズム建築も数寄屋(和風建築)も両方設計できるという今ではほとんどいないタイプの建築家が調査した実測図です。


龍安寺って言えば石のイメージしかないじゃないですか。でもね、この実測図を見てください。龍安寺の庭を作った人は有名な庭だけでなく、その周辺、すくなくとも手前にある池のあたりから庭までの高低差や距離、その間に木々をどう植えるかまでは考えて作っているのです。つまりこの庭を設計するために、もっともっと広いところまでを視野に入れているのです。


これと同じことが坂本さんの作品にもいえます。坂本さんの作品が龍安寺と同じだからすごいということではないですよ。そもそも坂本さんは龍安寺のことなんて全く頭にないですから。まったく知らないのにそうなってしまっているというのは、それはそれで確かにすごいことですけど。


それとは関係なく、坂本さんが優れている点は、まず写真に映っている全てのものに眼が行き届いているということです。これだけでもなかなかできないことだと思います。さらにすごいのは、写真に映っていないもっと大きな拡がりもちゃんと捉えた上で1枚の写真を撮っているということです。だから坂本さんの写真は、要素としては《路面》《人》《建物》ぐらいしかなく、極めてニュートラルでありプリミティブですが、ものすごい多様性、拡がりを感じさせてくれます。


この写真は極めつけですけれども、ほかの写真も同様のアプローチを読み取ることができます。例えばこれ。




 fig.8


日比谷シャンテの写真ですが、日比谷シャンテはランドマークですね。ビルのファサードが描いている曲面が象徴的なあれです。こんな感じ。




 fig.17 日比谷シャンテ


普通ならこちら側のカットを狙いますし、皆さんが記憶している日比谷シャンテも坂本さんが撮っているカットではなく、この特徴的な曲面を描いたファサードでしょう。だからこの写真(fig.8)もランドマークとしての日比谷シャンテという見方をしないで《路面》《道》《人》《建物》という「ニュートラル」な「プリミティブ」な感性で捉えているわけです。すると空が開けたしかも道が奥にまっすぐ通った、「えっ、これどこ?」「日比谷シャンテ!? うそっ!」というような新鮮な風景が浮かび上がってくるという訳です。


坂本さんの撮り方が絶対だとは言いませんが、坂本さんの写真は、例えば我々がふだんなにげなく使っている《凡庸》という言葉自体を問い直すことにもなります。また「新橋=サラリーマン」、「渋谷=女子高生」といった場所の認識や、東京国際フォーラム日比谷シャンテ、渋谷のスクランブル交差点といった「ランドマーク」、決まり切った見方の呪縛をも解いてくれます。


皆様が思っている東京がウソで、坂本さんがとらえた東京こそが真実だ、とまでは言いませんが、このように一見《凡庸》に見えながら、鑑賞者に強く訴えかけてくる力を孕んでいる坂本作品は、すぐれた写真であり芸術作品と言っていいと思います。


ご静聴ありがとうございました。




 ※坂本政十賜さんの他のシリーズの作品もご覧いただけます。ぜひ。

 坂本政十賜のホームページ







阪根Jr.タイガース


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