《師走日記2009》その1




(12月20日


■ 一家に一冊、古谷本


 



■ 《ミニコミ2.0》ニューフェイス


 
   デザイナーの大楠さんが作ったCD-ROM BOOKだ!!

(12月19日)


岡崎乾二郎レクチャー@東京都現代美術館


以前は自身の作品については全く語ってくれなかったので、こちらは作品をいろんな角度から分析したり、著作を読んだり、設営している様子を観察したりして探ったものです。しかし、他の作家がだらしないからか、ポストモダンの読み間違えが横行するようになったからか、そのような理由もあって最近はある程度説明するというスタンスをとっているようで、今日はいろいろ語ってくれました。


まずは「ana chronic」というキーワードをあげた上で、作家活動を始める前、子供の頃に影響を受けた作家・作品・ジャンルについて。小学2年生の時に出会った手塚治虫のマンガ、父親が建築家だったということもあり素直に受け入れられたかどうかは別として建築に影響を受けたことを語ってくれました。


その後、自身の作家活動を振り返りながら影響をうけた作家・作品についての紹介。ジョット、投入堂、パラディオ、熊谷守一、マザッチョ、ブルネレスキ、そしてミケランジェロ。特にラウレンツィアーナ図書館の階段室の話は面白かったです。


そして、自身の作品を語る際に欠かすことのできないもう一つのキーワード「F+f」(夏目漱石『文学論』)を引き合いに出して、影響を受けた作品、自身の作品についてさらに語ってくれました。






 《私の質問》


岡崎さんが創作活動を始めた頃、すでに現代美術の世界で活動していた少し上の世代の作家たち、具体的に誰とは言いませんが「ギャラリーに砂を播いて終わり」といったようなあまりにも稚拙なロジックしか持っていなかった人たち、そのくせ何か言うとすぐに「生意気だ!失せろ!」と喧嘩っ早いちょっと困った人たち。あるいは、なんでも自分の体内から湧き出てくるという狂信的で「うわぁあああ〜」という感じの間違った表現主義の作家たち。この両者を批判して乗り越える上で、漱石の「F+f」そして岡崎さんの一連の創作活動は有効だと思います。(説明を補足すると、ここで批判している前者は単なる「F」で後者は単なる「f」となります。ま、それ以前の問題とも言えますがね。漱石や岡崎さんが主張するのはそうではなく、あくまでも「F+f」です。)


他方、今日もこれだけたくさんの先行する作品を紹介すると「アナクロニック」というより「アナロジー」、さらに言えば「悪い意味でのポストモダン」「何でもあり」「パクリ」「カタログ主義」といった文脈に回収されてしまう恐れがあるので、こちらに対しても批判的に乗り越えねばならないと思います。


そこで私が注目したいのが、今日の話には出てきませんでしたが、岡崎さんもよく引き合いに出す建築家の村野藤吾です。氏はあからさまなパクリというか、引用元が明らかなデザインを平気でやったりもするのですが、その一方で無数のスケッチを描いています。そのスケッチがすごく魅力的で形が立ち上がってくる、生まれてくる様子がまざまざと分かります。


さて質問なのですが、岡崎さんはスケッチをどのように描いていますか。またどのようにお考えですか。

  岡崎乾二郎の答えはいかに???






ここには書きません。


が、岡崎さんの答えは、私が想定していた答えをさらにもう一歩押し進めたものでした。


まず、岡崎さんは漱石の「F+f」(文学論)を重要視してよく語りますが、文学畠の人は「漱石漱石」とうるさい人でもあまり言いません。これは美術の人には問題意識として共有されているけど、文学の人には共有されていないということでしょうか?


美術の場合、アメリカフォーマリズム、抽象表現主義を美術史の文脈上無視できないので、それを通じて「F+f」の問題を絶えず気に留めています(先に批判した安直な人たちは除いて)。


率直に言えば、美術の場合、この問題は漱石を援用するのではなく、一般的にヴォーリンガー(『抽象と感情移入』)を援用します。すでにヴォーリンガーが大方解決しています。


さらに、私が育った建築畠はどうかと言うと、ヴォーリンガーはドイツ工作連盟ドイツ表現主義で取り入れられました。しかし、この文脈で出てくる作品がそれを達成しているかは疑問です。自らの創作活動の核として『抽象と感情移入』を引き合いに出すヴァン・ド・ヴェルドを始め、ブルーノ・タウト、メンデルゾーンあたりまでは、詳細に考察する必要はあるにしてもはっきり言って疑わしい。


それはさておき、私の質問を改めて読み直してみても察せられるように、私はこの『抽象と感情移入』、漱石で言えば「F+f」を作品として達成できたのは村野藤吾だという仮説を立てていました。私自身の創作活動はまだまだ話になりませんが、私が文章を書く上でも念頭に置いているのは村野藤吾、「Road to Togo Murano」です。ま、これが達成できたら人生に悔い無し、もう死んでもいいと思っているのですが、今日の岡崎さんの答え、岡崎作品の再解釈のきっかけをつかんだ今となってはもう少し欲が出てきました。


うん。なるほど。今日の岡崎さんの返答を受けて「F+f」(夏目漱石『文学論』)と岡崎作品との読み直しを進めると次の事実が浮上してきます。


そう。先のヴォーリンガー『抽象と感情移入』を建築に導入したのはヴァン・ド・ヴェルドですが、作品として達成したのは、ミース・ファン・デル・ローエだということです。






 岡崎乾二郎展



絵画の準備を!

絵画の準備を!


文学論〈上〉 (岩波文庫)

文学論〈上〉 (岩波文庫)


文学論〈下〉 (岩波文庫)

文学論〈下〉 (岩波文庫)


評伝ミース・ファン・デル・ローエ

評伝ミース・ファン・デル・ローエ

(12月18日)

■ 経済勉強会(2日目)@ファミレス



■ 今日のテキストは本山美彦先生の著書。理解深まる。



金融権力―グローバル経済とリスク・ビジネス (岩波新書)

金融権力―グローバル経済とリスク・ビジネス (岩波新書)



とにかく金融市場が短期化している。長期金融自体が短期資金に依存するようになってしまった。サブプライムローン問題が深刻化したのも、本来が長期の金融であるべき住宅ローンが短期資金に依存するようになってしまった結果である。


アメリカの住宅ローン会社の相次ぐ倒産は、現実にローン返済の焦付きが急増したのではなく、事業資金を返済期間一年以内の短期融資に依存し過ぎたからである。


住宅ローンという長期の融資を行うのに、住宅ローン会社は、その資金を住宅ローン債権を担保にした銀行借入に頼ってきた。借入はほとんど一年未満のものであった。この担保価値が銀行に認められなくなり、銀行からの借入ができなくなって、住宅ローン会社がまず倒産したのである。

(12月17日)

■ 経済勉強会@ファミレス



■ 先日の打上げでの萱野先生の話にもあがった水野和夫さんの著書を読む。1年前に出た本だけど学ぶこと多々あり。最後まで読んでしまう。自分の無知を再び痛感。。。



金融大崩壊 「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書)

金融大崩壊 「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書)



 ○ 5大投資銀行がなくなった


リーマン・ショック」の結果、アメリカの金融業界の地図が一変しました。


まず、3月に事実上破綻した第5位のベアー・スターンズは、5月30日にJ・P・モルガン・チェースに買収されました。第4位のリーマン・ブラザーズは9月15日の破綻後、野村ホールディングスがアジア太平洋部門に続いてヨーロッパ地域と中東地域部門も買収。そして、イギリス銀行大手のバークレイズが、リーマン・ブラザーズの北米投資銀行部門のみを2億5000万ドルで買収することになりました。第3位のメリルリンチは9月15日にバンク・オブ・アメリカに買収されることが決まり、第1位のゴールドマン・サックスと第2位のモルガン・スタンレーは、9月21日に商業銀行(銀行持ち株会社)へ業態転換することが発表されました。こうしてアメリカの5大投資銀行はすべて、わずか半年の間に消えてしまいました。


それまで世界に君臨していた「アメリ投資銀行株式会社」、あるいは「アメリカ金融帝国」の象徴的存在だった5大投資銀行がなくなったのは大変な出来事で、一つの時代の終焉を意味しているといえます。アメリカが世界をリードしてきた新自由主義という経済政策の考え方が、ここで役目を終えた。そう考えると、感慨深いものがあります。

 ○ 「国民」「国家」にとっての危機


16世紀に誕生した資本主義では、資本と国家と国民の三者の利害が、根本のところで一致していました。ここでいう資本とは、各時代の中心的産業をイメージすれば、わかりやすいと思います。例えば、自動車メーカーが大量の自動車をつくって販売し、経済活動を活発に行えば、アメリカ政府にとってはその分、税収が増えます。政府がその税収を使って「大きな政府」として福祉政策を拡充していけば、国民はより幸せに暮らすことができます。


これは資本主義の始まりの時期においても同じだったと思います。例えば、17〜19世紀にかけてのイギリスでは、東インド会社がインドをはじめとするアジア地域から富を強奪してくればくるほど、国家としてのイギリスも潤い、イギリス国民の生活も豊かになりました。そうした意味では、資本主義が誕生して以来、資本と国家との利害は一致していました。そして1789年のフランス革命を経て、資本と国家に国民を加えた三者連合が形成されました。1950年代、60年代にはGMゼネラル・モーターズ)にとってよいことはアメリカ(国家と国民)にとってよいことでした。400年間、三者は仲良く手をつないで、いわば三人四脚で歩んできたといえるでしょう。


ところが、サブプライムローン問題は、資本が国家と国民に対して離縁状を叩きつけた象徴的な出来事でした。サブプライムローンがつくられ、その証券化商品を売り買いしていた投資家たちは、自分たちの行為がアメリカの国家や国民にとって役に立つよいことであるとは思っていなかったでしょう。これは問題が拡大したいま、そう感じているだろうというのではなく、サブプライムローン関連の証券化商品を取引している段階から、投資家たちにはわかっていたことだと思うのです。


返済できる可能性の低い人たちに融資をつける。それを証券化して転売していけば、自分のところにはリスクは残らない。残るのは儲けだけです。資本側がとった行動は、資本と国家と国民の三位一体の関係に亀裂を入れるものでした。

 ○ 「金融」の変化


金融の形は、今後大きく変わる可能性があります。投資銀行の役割は、金融資産を新たに100兆ドルつくった2008年の時点でほぼ終えています。アメリカ5大投資銀行は、破綻したリーマン・ブラザーズを除き、FRBの管轄下の商業銀行として新たに生まれ変わり、歩み始めることになっています。 投資銀行がそのまま残ったとしても、今後の世界経済ではあまり活躍の場はありません。


(中略)


今回の金融危機で国家と国民は傷みましたが、しかし、資本は本当に傷んだわけではありません。その資本はこれからどこへ投資されるのか、その相手を探そうとしている段階にあるといえます。


すでに述べたように、95年から現在までに増えた金融資産が100兆ドル残っています。95年に64兆ドルだった金融資産は、ピーク時に187兆ドルになり、そこから今回の金融危機で約20兆ドルを損失し、現在167兆ドルになっています。つまり、損失分を引いた残りでも100兆ドル、1京円ほど増えていることになります。


その一部は2004年以降にアメリカのサブプライム層を犠牲にして、積み上げた資産です。その良し悪しは別に問うにしても、事実として100兆ドルの金融資産が、いまなお世界に残っているのです。


資本の向かう先の第1候補は・・・

 ○ 「G7の終わり」の始まり


2008年10月10日にワシントンで開催されたG7で出された「行動計画」で抜けているのは、「誰がアメリカの国債を購入するのか」です。日本はドル安のリスクを抑えるために、円建て国債を出してほしいとアメリカに言えるのか。ほかの国にしても、自国の通貨、あるいはアメリカから見て外貨建ての国債を出してほしいと言えるのかです。


G7の次には各国首脳レベルでの金融サミットG20が計画されました。G7ではなくG20とするのは、G7のなかでアメリカの国債を購入するためのお金を十分持っている国が日本くらいしかないからです。再建のための出資をしてくれる中国やサウジアラビアなどのお金持ちの国を入れて、再建計画をなんとかまとめようという試みが国際協調の枠組みのなかで議論されていくでしょう。(中略)


本来なら、G20では金融安定化に向けて「あらゆる追加的措置をとる」との首脳宣言を採択し、適切な金融政策と景気刺激の財政政策を組み合わせた協調行動をとる方針を明記したのですから、肝心なのは各国間でドルの安定を合意しなければ実効性に乏しいということです。


しかし、この点については、今回の会合では何ら合意がないままでした。09年会計年度アメリカの財政赤字は1兆ドル超となる見込みです。外国人投資家が米国債を購入しないと、オバマ新政権の中産階級立て直しの政策が実施できないのです。G20の国がドルを積極的に支える価値がないと判断したから、首脳宣言に書き込まれなかったのではと推測されます。

 ○ 日本の危機管理能力は


マーケットは現在進行している世界金融危機が日本経済に与える影響をそれだけ深刻だと捉えているのです。50年に1度あるかないか、もっといえば、日本の戦後もっとも深刻な事態だ、というわけです。


「日本輸出株式会社」の代表であるトヨタ自動車の決算が、それを物語っています。同社は11月6日に08年4〜9月期連結決算(アメリ会計基準)を発表し、08年4月〜09年3月期の予想営業利益を1兆円下方修正し、前期比74%減の6000億円としました。08年4〜9月期の営業利益(実績)は5800億円でしたから、トヨタ自動車は下期はわずか200億円の営業利益しか見込んでいないことになります。


最強のトヨタでさえ下期は収支トントンの可能性が高く、ましてほかの会社は推して知るべしと、「日本輸出株式会社」の収益構造をマーケットは懸念しているのです。アメリカ発の金融危機で、日本の最大のお得意先であるアメリカ消費者が打撃を受けているということは、「日本輸出株式会社」にとっても、「100年に1度の危機」(グリーンスパン前議長)なのです。

えらいこっちゃ! もう一冊ぐらい経済本読んでみるか。。。


(12月16日)


おおっ!



日刊サイゾーさんに取材してもらった記事がアップされました



ミニコミ2.0〉の彼らのフットワークは軽い。自ら立ち上げた企画をメディアに取り上げてもらうところまでやるのだから大したものだ。こちらも見習いたい。


批評家は最終的にはエクリチュールで勝負するというのは揺るぎないことだけど、実践感覚、現場感覚を磨いておかないとちゃんとツボを押さえた批評文は書けないと思う。批評家が小説家から「小説のことは小説家にしか分からん」とバカにされるのも同様の問題だと思う。






■ 《ミニコミ2.0》フェア ニューフェイス!!!!!



 
  豊崎社長率いる書評軍団登場!!!


 
  かなちんのNAMAEだよ!!!


 
  長嶋有チルドレンもあなどれない!!!


 
  東大もあなどれない!!!


(12月15日)


■ レポート書いたり、ブログまとめる作業をさぼって一日OFF。



■ 先日のトークセッションでの萱野先生のシャープな発言に触発されて氏の著書を読む。本山美彦・萱野稔人金融危機資本論』(青土社)。学ぶこと多々あり。自分の無知を痛感。。。


萱野 価格は需要と供給で決定されているのではない、というお話はひじょうに興味深いのですが、では現在の価格決定において、もっとも重要なファクターとは何でしょうか?


本山  イリュージョンです(笑)。

おいおい。なにやってんだ!マネーゲーマーども!! グリーンバーグもびっくりだな。。。(怒)






金融危機の資本論―グローバリゼーション以降、世界はどうなるのか

金融危機の資本論―グローバリゼーション以降、世界はどうなるのか


グリーンバーグ批評選集

グリーンバーグ批評選集

(12月14日)


■ さすがに疲れたが起きる。


■ 《柴崎友香フェア》打ち上げ。柴崎さんを囲んでみんなでワイワイ。小説家・写真家・書店員が集って近況報告やら来年の抱負やら。改めて良い企画だったと実感。各々が自らが持ち得ている才能を磨きつつ、今後も連携をとって新しいこと、面白いこと、いろんなことができればと思う。


■ 柴崎さんの新刊にいろんな女の子が出てくるがほとんど知らない。


 「ベアールって誰?」 


 「えっ!知らないの? 前田司郎でさえ観てんのに!」


 確かに前田氏は1月11日に観たようだ。何年前なんだ?


 http://www.uranus.dti.ne.jp/~gotannda/page021.html



見とれていたい わたしのアイドルたち

見とれていたい わたしのアイドルたち


(12月13日)


■ さすがに疲れた。ねる。

(12月12日)


■ 映画『哲学への権利』上映会 & 西山雄二 × 萱野稔人トークセッション無事終了。いい会でした。西山先生と同世代、同時期にフランスで学んでいた萱野先生の発言はシャープでした。以下わたし(阪根)の雑感。


映画はフランス・パリにあるデリダらが創設した「国際哲学コレージュ」に関わる人々のインタビューを収録したもので、それはそれで学ぶべき点が多分にあるのだけど、彼らの実践をそのままトレースすることはできないし、彼らの実践が必ずしもうまくいっているとも言い切れない。またフランスの国際哲学コレージュが正解か、日本のUTCPが正解かという話でもない。だから映画『哲学への権利』を観て、そこからまた新たな思考と実践を展開していかねばならないのだ。


哲学の危機、人文学の危機というけれど、本当のところはどうなのか? 我々が守るべきは哲学科なのか? いまの特に日本の哲学科は守るに値するだけのものなのか? 我々が守るべきは哲学科ではなく「哲学をする場」ではないのか。そもそも哲学とは何か?それは言葉で考えること。つまり概念による思考ではないのか? そう考えた場合、いまの哲学科に所属する人たちの語学力のレベルは十分と言えるのか? 哲学科の先生がほんとうに概念思考に優れていると言えるのか? まずそういった点を改め、高める策を立てて実践する、つまり哲学自体を脱構築する必要があるのではないか。ネオリベはダメだ!事業仕分けはけしからん!とただわめいているだけではやはりダメだろう。そうではなくて、よのなかに哲学の存在意義を訴える言葉を持たねばならないし、どのように伝えていくか、浸透させていくかの手立てを哲学の現場にいる人間が責任を持って築きあげていかなければならない。私も切実にそう思うし、それができる哲学者とその活動を応援したいと思う。



 



 


(12月11日)


■ 大学の同期と忘年会。子どもができたり大きくなったりの一派と独身の一派。僕は後者ですが何か? 周囲の変化も感じたけど、とにかくこの1年は早かった。昨年の忘年会をやったのが昨日だったような、いやホントにそんな感じ。


■ 明日は重要なイベントを担当。早めに寝ます。




■ 《ミニコミ》2.0フェアぞくぞくぞくぞく入荷!!!!!



 
  文フリでも問い合わせがあった《ヒアホン3》デターァアア!!!


 
    丁寧なつくりの《歩きながら考える》!!!



ミニコミmechaomolo!!!

(12月10日)


■ 東大でレクチャー。反応も良好。レジュメをざっと作ってざっと説明して、とにかく見せられる資料を配りまくった。雰囲気を伝えられれば十分というか、限られた時間での発表だし、聴衆は頭のいい学生なので、こちらは切っ掛けだけを提供して、あとは興味のある人は自力で開拓してもらうというプラン。それで正解。発表はかんだり説明を飛ばしたりで、俳優だったら0点だけど、レクチャーなのでOK。俳優がなぜあんなことができるのか?俳優という人種を私にはまったく理解できない。


■ 書店で今までやったことをまとめて説明した。我ながら色んなことやってると思った。ちょうどいい機会だから自分でもレポート化しようと思う。




■ 《ミニコミ》2.0フェアぞくぞく入荷!!!!!



 
    文フリで大人気の《TOLTA》!!!


 
    よくできてます。《TOLTA》!!!


 
    音楽系ミニコミセカンドライン》!!!


 
  あの速水健朗さんのミニコミ《BETTER LIVING JOURNAL》!!!


 
うわさのうわさのうわさのうわさの長編小説・黒川直樹《ALTAのミラーと、夜のマネキンを361体ください。エクステンションはMPEGで。》!!!


ミニコミomolo!!!

(12月9〜10日)


■ レクチャー原稿作成ナウ

(12月8日)


庭劇団ペニノ『太陽と下着の見える町』@にしすがも創造舎を観劇。これは間違いなくタニノクロウさん以外には作れないし、あの俳優陣の質の高さなくしては実現しない作品だと思う。ただ、この作品を受けとめられるかと問われると答えにつまってしまう。物語がないとか、そういうのは全然平気だけど、「タニノさんがこの作品をお客さんにみせたいという積極的な動機がどこにあるのだろう?」という問いを私なりに考えてみたけれど答えられなかった。 この作品をタニノさんのイマジネーションの賜物とみるか、単なるオナニーとみるか、タニノさんが精神科医でもあるだけに、様々な判断を経てあのようなみせ方になっているだけに、問題の難しさを思い知らされた。


明後日のレクチャーの準備をする。東大生の前で「食いっぱぐれるとどうなるか?」というリアルな話でもしようかな。書店と関係ないけどある意味、究極の知の現場(苦笑)

(12月7日)


文学フリマのような熱気を店頭で再現! とはいかないけれどワッショイ!ワッショイ!盛り上げますよ。《ミニコミ2.0フェア


■ ぞくぞく入荷!!!


 

   S.E.vol.2



 

   破滅派



■ 演劇フェアもワッショイ!ワッショイ!


 

  イキウメ NEW DVD 『関数ドミノ』発売中!!!



 

  宮沢章夫のサイン本あります!!!


■ 寝る!

(12月6日)


文学フリマ初参戦。もっとこぢんまりしてると思いきや、いやはや、昨今のモーターショーよりも盛り上がってるんじゃないか。


アラザル3の現物を手にとる。感激。イエローが鮮やかで人一倍目を引く。すごく売りやすかった。そしてよく売れた!!!


■ ちょうど店で《ミニコミ2.0フェア》をやっているということもあって色々な人と知り合うことができた。こりゃ、楽しくなってきたぞ!

(12月5日)


 パス(1回目)

(12月4日)


渡辺公三×昼間賢トーク担当



  感想はこちら

(12月3日)


《HB》の橋本倫史さんご来店。物腰柔らか。それにつけても《HB》は80年代生の輩がつくったとは思えない。東川端参丁目さんのブログはけっこう前にみつけたのだけど、長いあいだずっと50歳ぐらいのおじさんのブログだと思っていた。こういうのってスーパーフラットって言うのか? 80年代生まれって何なんだ? っていうこの感じが80年代生まれ的ってことか!?


■ もろもろバタバタ


アラザル3のページつくったよ。チェケラ!!!


アラザルvol.3

(12月2日)


■ 充実した一日。



界遊武田俊さん、新見直さんとサイゾーの取材を受ける。サイゾーだからもっと面白い話をしないといけないかと思ったけど、けっこうガチな話だったけど、ちゃんと聴いてくれた。それでOKのようだった。《ミニコミ2.0フェア》の取材だったのだけど、取材後サイゾーの担当の方も仕事をしながらミニコミを作っていることを明かしてくれた。忙しくも、みんないろいろと活動している。この世も捨てたもんじゃない。



■ 夜、イキウメ『見えざるモノの生き残り』を観劇して感激。


 感想は、こちら

(12月1日)


■ 12月なので走ってます。走っているといろんなことが起こるので例によって日記をつけます。ほぼ毎日更新します!


■ フェア棚に手を加えました。



□ 《イキウメ特集》はじめました!


 


□ イキウメの新作公演が明日12月2日からお向かいの紀伊國屋ホールで始まりますよ!!!


 詳細はこちら





戌井昭人さんにも選書してもらいましたよ!


 





ミニコミ2.0フェアもスタートしましたよ。


 


※ すみません。まだ注文した本が揃ってなかったり、集めたいミニコミが揃ってなかったりします。が、日々手を加えていきますので、それはそれでお楽しみください。





■ なんと、STUDIOVOICEONLINEジュンク堂書店のカリスマ書店員が出ています。



掲載ありがとうございます!!!



池松江美だったり辛酸なめ子だったり」のくだりをとある人にツッコまれましたが、う〜ん、別にいいでしょ。