湘南
下北沢から数駅の各駅停車しかとまらない駅に住んでいる僕にとって、新宿の逆方向へ行くことには、かなりの苦痛を覚える。やっときた電車に乗っても、急行電車に追い越されて、なかなか前へ進まない。わずかな距離でさえ果てしなく感じる苛立ち。
そんな苦痛も複々線となった今では解消されて電車はスイスイと走る。大した時間の経過も感じることなく、小一時間で藤沢駅に着く。鎌倉を目指そうと思ったが人が多いだろうと思ったので、逆方向へ。辻堂、茅ヶ崎方面を目指す。とにかく海が見たい。
茅ヶ崎で降りて海を目指して歩き出す。平坦な道。ときどきマイク真木ふうのサーファーっぽい、この地特有の人も見かけるが、どことも変わらない感じ。ただ、なんとなくのどかではある。平日の昼間だからかもしれない。
イカした店もある。雰囲気をかもし出しているというか、おそらく湘南という土地柄を好んでやってきた人が作ったのだろう。魚屋を覗いてみると魚には新鮮さを感じる。店先では干物をこしらえている。風情がいい。家はというとハウスメーカーのよく見かけるタイプの住宅が多い。土地が平坦なせいか、妙に際立って見える。
ちょっと歩いたら海に着いた。海はやっぱりいいな。地元の神戸にも海はあったが泳ごうとか、サーフィンしようという海ではなくて、単なる海だったので、こうやって砂浜があって視界一面に広がる海はやっぱりいい。今日は天気もいいから海がキラキラ光っていて心地よく眩しい。
海岸まで来るとサーファーもけっこういて、自転車の横にうまいことサーフボードを引っかけて走っていく。秋を感じさせない光景だ。ザー、ザーっと響く単調な波のリズムも心地良い。
世田谷の陽の当たらない、あの狭いアパートで、ぼーっとしているとなんだか気がおかしくなりそうだけど、こうやって海を見ながら、ぼーっとするのはいいな。これは何ものにも替えがたい。僕と同じように海を眺めている人は他にもいるけど、何をしている訳でもなく、やはりただぼーっとしている。さて、読書でもするか(鎌倉にも行こうと考えていたが、この時点でもうそんな面倒臭いことはやめようと思う)。
やっぱり気持ちがいいので昼寝。くしゃみをしても、おならをしても、そんな音はさっとどこかへ吸い込まれていく。
波の一つ一つを見ていると大きいのと小さいのがあって、大きいのが来たなって思っても不発に終わる時もあって、文字通り波長というか、押し寄せるタイミングと引いていくタイミングがうまく合わないとザッバーンと大きな波しぶきをあげるような波にはならない。引いていく波と押し寄せてくる波を見ていたら、よくしなった弓から矢が放たれるイメージが頭に浮かんだ。ピューン。
魚の群がピョンピョン跳ねる。
時間の大半をこうやってただ海を見て過ごすというのもよいな。
沖に浮かぶ岩山が気になる。
スケッチ終了。
画家がやるようにスケッチ旅行を試みた訳だ。文章のスケッチには心象が大きく関わるな。風景画だってそうかもしれないが。
富士山を何度も描く画家がいるけどあれはどういう気分なのだろう。富士山に金粉をまぶせば高く売れるという商売上の問題もあるだろうが、それは別にして、ちょっと想像がつくのは、行くたびに富士の表情が変わり、毎回新鮮な気持ちで描けるということだろう。
ということは文章のスケッチも同じで、またこの海岸に来ても、その時に見えるもの、浮かんでくる心象はやはり異なるのだろう。また、来たいな。
内容はともかく、あれこれとノート7頁ほど書いた。文章スケッチ旅行はひとまず成功と言えるだろう。こういうのをストックしていけば小説とかが書けるのだろうか。
帰りは湘南新宿ラインでビューン。あっと言う間に渋谷に着いて、文庫本を1冊購入して帰宅。大江健三郎の新作を引き続き読む。
(2005年10月13日)
※ photo by montrez moi les photos
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