不敵な微笑み
【その1】
自転車に乗ったお母さんの横を小さな子どもが走っている。それ程の距離を走ったようには見えないけれど、「はーはー」と息が切れている。お母さんも「この子大丈夫かしら」とちょっと心配そう。でも子どもは走るのをやめようとしない。
この子どもにとって走るということは、まだまだ経験が浅く、おぼつかないことだけれども、走っているということ自体を実感できる、そんな充実したひと時なのだろう。
あの“笑み”から判断してきっとそうに違いない。
【その2】
歩くことさえおぼつかないような子どもが走り出す。「○○!ダメ!そっち行っちゃダメ!」と母親が制止しようとするけれども、そんなことお構いなく駆け出す彼の表情は真剣そのもの。目的地がある訳でもないのに、ただ一点を見つめて必死に走り続ける。
「こいつ、ただもんじゃねぇ」。
そんな彼を思わずライバル視してしまう僕。
母親に捕まってあえなく御用となった彼は自転車のハンドルに取り付けられた指定席に収められた。そうなればそれはそれで、今度は回りをキョロキョロ。何か楽しい事はできないかと、また訪れるであろうチャンスを鋭い目つきで狙っている。そんな彼は、さっき母親に捕まったという屈辱をもうすっかり忘れてしまっている。
「こいつ、ただもんじゃねぇ」。
【その3】
小さな子どもが石を投げようとしている。他人が投げている姿は見たことがあるようでイメージはできているみたいだけど、投げたことがないからうまくいかない。腕を高く上げてみるのだけど、放すタイミングが分からない。「エイヤー!」と思い切ることもできず、結局、腕を伸ばしたまま、しゃがみ込んで地面に石をおく。そうやってみて「なんか違うな」という感想は持ったようで、もう一度トライするのだけど、振り上げた腕が伸びきってしまっているので、やはり石を放り投げることができない。
「あともう少しだね」。
【その4】
渋谷のTSUTAYAにあるスターバックスみたいに窓から人が歩いている風景を見られるカフェが橋本にもある。
人が歩いている様子を見ていると退屈しない。女子高生が多い、不ぞろいなカップルが多いなどと、ぼーっと見ながら勝手な感想を持つ。そうやって見られている人々は、一見でたらめに動いているようだけれども、個々のレベルではみんなちゃんと目的地を持っていて、規則正しく動いているのである。なんだか不思議な感じがする。
今日はカフェにいた時にたまたま、ものすごい通り雨が「ザアーッ」とやってきた。その程度があまりにも凄まじかったので歩いている人たちはみな必死だった。一方、カフェにいる僕はその被害を受けないから、「このオープンデッキの排水計画はうまくできているな」などと、雨に打たれている人の気をよそにして、全く関係ないことにばかり関心を向けていた。が、しかし。
必死になって走る親子連れ。必死にベビーカーを押すお母さん。その横をまだ小さいけれども、自分の意志で必死に走る男の子。そしてベビーカーのなかにいる女の子。お母さんの顔とお兄ちゃんの顔を見て、何かが違う、非常事態だということは感づいているようで、そんなふたりの必死の形相を交互に忙しく見ている女の子。
その女の子が浮かべていた“不敵な微笑み”を僕は一生忘れない。
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