山椒は小粒でもぴりりと辛い
1.
万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校
橋本を説明する時に、制服のスカートの下にトレパンを穿くファッションが流行っている場所といっても今ひとつピンとこないので、「俵万智ゆかりの地」と説明することにした。100年ぐらい経てば駅前に銅像の一つでもできるだろう。銅像と言うのはちょっとマッチョでいただけないか。でも何かそれらしいものを作ってくれるだろう、100年後の人のセンスに期待しよう。
あるいは大河ドラマでやるかもしれない。大河ドラマ「サラダ記念日!!」、100年後の松嶋菜々子のような女優が演じてしまってデフォルメされてしまうのだろうか。とまれ俵万智が何と闘っていたのかを描くのは至難の業だろうが100年後のシナリオライターのセンスに期待しよう。
せっかく橋本に来たことだし、本棚には柴崎と伊勢丹のおばさんぐらいしか女性がいなくて華がないので俵万智『言葉の虫めがね』(角川文庫)を購入。棚に並べてみると太宰治のブルーの背表紙にすっかり馴染んでしまって、華を求めたこちらの期待を見事に裏切ってくれた。それはともかく、彼女を読んでいると、文章を書こうと思うとなおさらそうなのだけど、彼女の言葉に対する鋭い感性、鋭い視線に一目置いてしまう。さすがプロだって見入ってしまう。
例えばプロ野球のピッチャーが、相撲や柔道を見たら「なかなかうまいこと相手の体勢を崩すもんだな→いいコース攻めてるな→いい配球だな」と思うことだろう。実際、谷と柔ちゃんが結ばれたりしていることからもこれは明らかである。
話は若干それたが、彼女は若者かおじさんかを問わず、老若男女の発する言葉の巧みさあるいはダメさ加減を見事に言い当てるのだ。例えば次のような指摘。
オジサンたちが「今度の日曜あたり、ゴルフでも、いかがですか?」と言うのと同じだ。「日曜あたり」って、じゃあ月曜でもいいのかというと、そんなことはない。「ゴルフでも」って、じゃあスキーとかテニスとかも選択肢にあるのかというと、決してそうではない。「日曜日にゴルフを」しませんか、ということなのだ。が、それでは、選択をすべてこちらで済ませてしまっているような(実際、そうなのだが)、なんとなくソフトさに欠けるような、そんな気がする。そこで、「あたり」とか「でも」といった緩衝剤を挿入して、少しでもやわらかい感じにしようという努力がなされるわけだ。 若者の「とか」も、似たような役割を担っている。婉曲に婉曲に・・・彼らも、まさに、日本人だなあと思わないではいられない。(※1)
一般的に「言葉の乱れ=若者」とされているけれども、その多くはオジサンが電車や街なかで耳にした若者同士の会話に違和感を覚えて言われるもので、逆に、次のような機会は少ないけれども、若者がオジサン同士、なかでも得意先や上司との会話を聞いたら、やはり言葉がおかしいと違和感を感じるだろう。
そういったことを見抜いた上で繰り広げられる論考。テレビのコメンテーターレベルの口からは聞くことのできない鋭さ。決して激痛ではないが、しかしチクリと痛い。こういう鋭い感覚を持ち備えている女性というのが数少ないけれどもやはりいて、作家で言えば多和田葉子なんかも俵万智と同様に侮れない。
ライン川あたりに住んでいる人たちは北ドイツの人たちとは違って明るい性格だということになっている。一年を通じて他の地方より天気が良く、気温も高い。そんな明るい町の中央駅のすぐ隣りに、暗い化け物のようなドームが建っているのは不釣合いではないのか。化け物と言ってもキングコングのような都会的なものではない。もしもドイツの森が稲妻に誘われて恐ろしい勢いで天にむかって身体をうねり上がらせたら、こんな形の建築物ができるのではないか。キリスト教と言うよりは、森林信仰を思わせる。わたしの眼には、シュールリアリズムの作品のように見えることもある。その場合、作品のタイトルは「森の叫びと狼の悩み」とつけたい。(※2)
いったい何処から何を絞り出してこんな文章を書いているのだろうか。読んでいて正面からパンチを食らうというのではなくて、後ろから頭をコツンと叩かれて腹が立って振り向くと誰もいないというか、ピンポンダッシュをするいたずら小僧ともちょっと違うし、何と言うのか、何と言ったら良いものか?
彼女らに共通するのが早稲田出身の女(ワセ女)、それはどうでもよいけれど、共に風貌は至って地味で、運動会でも目立たなかっただろうし、街なかで出会ってもおそらく気がつかないだろうという感じ。とびきりの美人や、あるいはワールドビジネスサテライトのキャスターみたいに眼でバンバン攻めてくるインテリ女性も手強いけれど、一見存在感がないようでいて何事も見透かしているような女性。これは本当に手強い。
男で言えば、体や頭脳が超人間的な江川や松坂、あるいはビル・ゲイツを怪物と言うだろう。こちらは非常に分かりやすい。しかし、あえて女性にも怪物がいるとして、女性的な“怪物”と言うならば、俵万智や多和田葉子といった人になるのではなかろうか。得体の知れない何者か。まさに“怪物”。今度、怪物研究家の荒俣宏氏に研究依頼を出してみようか。
先生を万智ちゃんと呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校
こんな感じで気を許すものだから、こちらも調子に乗って、
テレビで見て、ただの飾りのようなあなたの存在が気になったので、本を読ませていただきました。要するに、あなたは苦労をしていないんだ、ということがわかりました。もっと苦労してから世にでるべきです。(※3,4)
なんて言ったりすると、すかさず
では、力強くて新鮮な材料は、どうしたら手に入れることができるだろうか。抽象的な表現ではあるけれど、「一生懸命生きること」それしかないと思う。(※5)
なんて言われる。強い。なるほど実際すこぶるマッチョである。
2.
今日はポカポカしていて部屋に陽が差し込んできて気持ちがいいので、窓を開けてパーカーを脱いでTシャツとトレパンだけという格好で机に向かった。この快適さプライスレス!
作家は売れると別荘を買って、そこにこもって原稿を書くのがステータスになっているようだけれど、その必要もないか。またまたハングリー精神に水を差してしまった。
今日は休みだからリラックスできている訳だけど、一方仕事はというと、これが結構しんどいのだ。1日7.5時間、残業があっても20〜30分だから無理なく毎日コンスタントに働けているのだけど、書店というのは立ち仕事だから、これがなかなかこたえる。仕事を終えるといつも遠足帰りのように足がパンパンになっている。電車の中では、一駅でも早く座りたいと思ってあたりの様子を鋭い眼光で探りながら、そして座れた時には「あぁ〜、極楽、極楽」と心底喜びを感じる。アパートに着いてからも、本来ならば1時頃までは本を読んでいたいのだけれど、疲れていて12時までには眠ってしまう。
以前勤めていた設計事務所、特にアトリエ系と言われる業界の労働環境は極めて悪く、これを経験してしまえば他の仕事には難なく対応できるだろうと思っていたけれど、どの業界もそれなりに大変なのだ。書店で働いているのは、ほとんどが女性だけれど、そういう人を見ていても疲れた素振りを見せず淡々と働いている。決して待遇は良いとは言えないし、強いモチベーションがある訳でもなく、何かを支えるという女性の本能で働いているようにも感じられる。女は本当に強い。
そんな女性について行かねばならないのだから、体力アップを計らねばならない。という訳で水泳を再開することにした。以前通っていた東京体育館は遠くなったのでやめて近所のプールに通うことにした。月額6,300円。東京体育館でも1回600円だから悪くない。それにジャグジーとサウナも付いている。アパートの浴槽は狭くて浸かれないから銭湯代わりにもなる。それで今日早速行って来た。足の爪の状態が悪いから300mしか泳がなかったけれど、泳いだ後のおしっこは透明だったし、サウナで汚い汗も流しきったし、とても爽快だ。シャワーにシャンプーとボディーソープが常備されているのを見て「しめた!儲かった!」なんてセコいことを真剣に思っている自分には少々悲しくなったけれども。 ちょうど良い機会だから、半年計画でお腹廻りの贅肉も一気に落としてしまおう。
「よ〜し!やるぞ〜!やるぞ〜!」(つづく)
(2006年03月23日)
※1 俵万智『言葉の虫めがね』(角川文庫版)P.11より引用(一部カッコ内は省略)
※2 多和田葉子「ケルン、大聖堂は森の化身」(日経新聞2006.1.21朝刊)より引用
※3 俵万智『言葉の虫めがね』(角川文庫版)P.188より引用
※4 俵万智のようなスタイルに達するとこのような誤解は多いだろう。小難しい専門用語をこねくり回すことだけが仕事の質に直結するものではないことを理解して欲しい。また何かを下敷きにしてトレースしているような文章は論外として、プロの作家であっても決して楽に書ける訳ではなく、文章を書くには非常な労力を注いでいることも分かって欲しい。今日(3月20日)の日経新聞(夕刊)に松岡正剛(編集工学)の記事があったけれども、彼のブログの原稿も1作品3時間以上かかっているとのこと。編集を熟知した氏であっても例外ではない。一応断っておくと、これはおそらく最短レベルと考えてよく、一般的にはもっと時間がかかると思ってよい。
※5 俵万智『言葉の虫めがね』(角川文庫版)P.149より引用
※ 文中の2本の短歌は『言葉の虫めがね』(角川文庫版)PP.72〜73より引用
《写真引用元》
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